Kamonoha World

日々の研究や日常の一部、読んだもののノート的なものです。メタ倫理学が中心です。

1月20日 21日

1月20日は朝から京都へ移動。雪の影響で名古屋以降は新幹線が減速。通常より1時間ぐらい遅れて京都に到着したのが11時半ぐらい。車中は発表の準備と締め切りが迫っていたある研究費申請のための書類を作成。何とか出来上がって送ることができた。何とか通って欲しいのだが。もう少し余裕を持ってやらないとよい申請書ができない気がしてきた。当たり前か・・・。

京都駅から百万遍方面へバスで移動。車中と大学構内でメールへの返信や学生さんのエッセイへのコメントなど。お昼は研究会の主催者である関西方面の若手メタ倫理学者と今回ゲストで来て下さった台湾のメタ倫理学者と食事。関西の方が大学近くの雰囲気のよい喫茶店にも連れて行ってくださった。ありがとうございます。

15時30分頃から道徳的個別主義の研究会。最初の発表が主に認識論的議題、二番目の自分のやつは主に形而上学的な問題、三番目の議題もどちらかというと形而上学、それと道徳概念の運用に関する話。思ったよりたくさんの方が来て下さる。終了後は近くで懇親会。懇親会に駆けつけて下さった先生もいらっしゃった。ありがたい。

 1月21日は四条烏丸の安宿で起床。近くの錦市場でお土産を購入。そのまま本能寺あたりを通過し、鴨川沿いを北上。大学のそばの図書館と喫茶店が一緒になっているような面白いお店で大学時代の先輩と待ち合わせ。これから益々お世話になりそうな感じ。そこからバスで京都駅へ移動。

帰りの新幹線はほぼ寝てしまう。しかし三島通過ぐらいで起き出して、持ってきていたSchroeder論文集を読む。この本、2年前にRoger Crispさんに頂いたもの。八王子でばったり友人に会う。少し立ち話。結局帰宅したのは7時頃。この時間は八王子の道は混んでいてバスものろのろと進んだ。今日は奥さんは友だちに会いに行っているので一人で食事の準備。何か作る元気がなかったので、ご飯だけ買ってスーパーでお惣菜を買ってくる。今日は道中は主にメールで学生さんへの対応。

そんな中、投稿していた論文の査読結果が届く。結果は、補正を条件に掲載可。そして、かなり細かいコメント、修正の指示を頂く。とても勉強になるものだったので、匿名の査読者の方に感謝申し上げたい気持ち。以前、ある方に日本の論文査読はあまりよくないといった話を聞いたが、今まで自分の経験では、採用されても落ちても、概ねしっかりとしたフィードバックを頂いてきた。論文審査にはいろいろ議論があると思うが、とにかく、自分の研究の時間を割いて丁寧なコメントを下さる査読者の方々には感謝ですね。

 
*Schroederの 'Superveniece Arguments Under Relaxed Assumptoins', 'The Price of
Supervenience' を読んでのsupervenienceからの論証のまとめ・覚え書き
 
道徳的性質(規範的性質一般)のsupervenience:非道徳的性質に変化がなければ、道徳的性質に変化はない+この関係は必然
 
ここから、非還元主義的道徳的実在論に対していろいろな反論を立てることができる。
 
(1)還元主義への帰結(Kim 1984, Jackson 1998, Streumer 2008, 2011, Brown 2011):道徳的性質のsupervenienceは道徳的性質が非道徳的性質に還元できることを含意している 
*Streumerの場合はそこからさらに進んで反実在論
 
(1)の論者が訴える考え:性質は全く同じ例化を持つ場合、同一のもの(properties are coarse-grained)、性質は内包(intension)との考え
例:愛するという関係と、愛するの逆のそのまた逆の関係、は全く同じ例化を持つように思える。であるならば、両者は同じ性質ということなる。
 
Schroederはこの性質に関する考えが適切でないと考えているので、この戦略にはあまり好意的でない。
 
(2)ヒュームの格言(Hume's Dictum)からの論証
ヒュームの格言:異なるentitiesの間に必然関係はない
 supervenience(道徳的性質と非道徳的性質の間に必然関係がある)+ヒュームの格言=両者の関係はdistinctでない→両者は同一(還元主義)
 
(3)説明の要請(Schroeder 2007)
必然性は説明を要請する。必然の説明の例:ある対象は、それが赤くない限り、赤い四角には必然的になり得ない。この必然の説明は、赤いということは、赤い四角であるということの部分であるから、というもの。*両者が分離できないものである、というのが説明。
 
→両者が完全に分離したものであった場合、説明ができない。
→道徳的性質と非道徳的性質の間に必然関係があるのであれば、両者は分離したものでは有り得ない(そうでないと説明できない)。
 
非還元主義者がとれる戦略
(1)supervenienceを否定する(Sturgeon 2012?こんな話に20日の研究会で一緒になったある台湾をベースにしておられるメタ倫理学者と話していた)
(2)supervenienceが想定している様相論理の前提を否定し、上の論証を否定する(Wedgewood 2000) 
 
必然性が説明を必要とする、というあたりが気になるところか。