Kamonoha World

日々の研究や日常の一部、読んだもののノート的なものです。メタ倫理学が中心です。

George Wilson, Samuel Shpall. Action. Stanford Encyclopedia of Philosophy (2012)

行為論の論争の状況を整理したSEPのエントリー.行為の説明に関する箇所を見てみる.

意図的な行為は,その行為者の理由によって説明できる,と考えられている.では,ここで示される理由による説明とはどのような性質を持つものなのか.Davidsonは理由による説明は因果的説明であると考えた.Davidsonの考えにシンパシーを持つ人々は,ここで言及されている理由を,行為者の欲求や意図,信念などと理解し,それらが行為の因果的な原因となっていると考える.

これに対抗するものとして,Anscombe流の次の考えがある:理由による説明は,行為者の意図によって,特徴的に基礎づけられている.理由による説明は,行為者によってφすることによってGを得ようと意図されたあるφするという行為の理由による説明(意図に訴える説明)は因果的説明ではない.この説明は,なぜこの行為者がこの状況下である特定の行為をしたのか,明らかにする非因果的説明.

意図に関して,たとえばWilsonは次のような分析を行っている.

太郎がφする意図を持っている⇒φはある目的のために太郎によって指揮された(directed).

このような意図に関する見解を使うと,理由による説明は一種の目的論的な説明と理解できるようになる.太郎がFのためにφした,という説明が示しているのは,太郎がFを欲求したが彼がφする原因であったということだけを表しているのではなく,彼のφするという行為は,彼が望んでいたFを目的として為されたものだ,という目的論的な説明.目的,目標(goal)に訴える説明.

このような目的に訴える説明も,因果的説明として理解することができるかもしれない.だが,この点を巡る論争はかなり複雑.

問題点:

①ある説明を他の説明に還元するとはどういうことなのか,明確でない.

②正しい因果的説明に関する説明を与えることは困難.ここで問題となっている「因果」の概念が曖昧.

③理由による説明はもしかしたら非還元的に目的論的であり,かつ,因果的説明でもあるのかもしれない.このような事例が,たとえば生物学においては見られるように思われる(Roth 2000).例:ある個体はVが必要であり,それが目的であったから,φした.それと同時に,Vを必要としたことが,その個体φした因果的理由.

Brian McLaughlin(2012)の議論:理由による説明は,因果的ではなく,構成的(constitutive).もしある行為者がGのためにFをした場合,FをすることによってGをしようとしていたということになる.であるならば,行為者がFすることは,行為者がGすることと同一,もしくはその部分であるということになる.

Michael Thompsonは行為や目的が持つ活動(activity)という側面などに注目する戦略.

因果説への典型的な反論:もし理由として提示される心的態度などが行為の原因であった場合,その心的態度と行為をつなぐ普遍的な因果的法則がなければならない.しかし,そのような法則はない.だから,理由による説明は因果的説明ではない.これはDavidsonが 'Actions, Reasons and Causes'ですでに論じている論法.

Davidsonの応答:上の論証は2つの読みがある.弱い読みは,常識的に想定されている心的状態と行為の間の因果的法則は存在しない,というもの.Davidsonはこれは認める.強い読みは,物理的な語彙だけで記述される行為の理由として提出される心的状態と行為の間には因果的法則が成り立っている.Davidsonはそのような法則を(常識的な心理学的想定のもとではまだ見つけることが出来ていないが)認めることができると主張する.

多くの論者はDavidsonのこの対応には問題があると考えている.

Dretskeの応答:通常の因果関係と行為の説明が違うことを示す.歌手の歌声がグラスを割ったとして,これはその歌手の歌とグラスが割れたという出来事の間に因果関係があるということ.ここでは,その歌の内容は関係ない.だが,行為の説明の場合は,行為者が信じていた命題的内容(propositional content)が重要.この命題的内容が行為を正当化もするし,因果説をとる論者にとっては,行為の原因ともなっているもの.Davidsonは心的状態とあるタイプの行為の間にある因果的法則を否定するが,それでは命題的内容と行為の間に因果関係があることを説明できなくなってしまう.少なくともDavidsonは,なぜ理由による説明の場合,信じられている内容が行為の説明に関係があると,我々は直感的に考えるのか,説明する必要がある.

*ここで問題になっているのはいわゆる心的因果の問題.この問題を進めるには,神経システムによって実現された命題的態度が命題的内容を表現するとはどういうことなのか,明らかにする必要がある.このことが明らかにならなければ,たとえば因果説論者が言うような,ある命題的内容を表現した心的状態が行為の原因であるといったことがどういうことなのか,明らかにできない.

Kimの因果的閉包性からの論証:もし同じ行為の説明として2つの異なる因果的説明が与えられている場合,どちらかは間違ったものである.もし,Aは太郎が心的状態Pを持っていたから起こった,という説明と,Aは太郎の脳の中の神経細胞Qが動いたから,という説明があった場合,2つは同じこと言っているか,どちらかは少なくとも間違い,ということになる.この問題はいわゆる理論的還元(theoretical reduction)に関わる問題.この問題から出発して,たとえば生物学的説明と物理学的説明がたとえ同じ被説明項に説明を与えていても違う情報をもたらしていると考えることができるように,理由による説明も物理的説明とはぶつからない非因果的なものと考えるという戦略が考えられる.