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Kamonoha World

日々の研究や日常の一部、読んだもののノート的なものです。メタ倫理学が中心です。

Peter Railton (1989) 'Naturalism and Prescriptivity' Social Philosophy and Policy

21世紀に入ると規範性を巡る問いとして議論されている問題だが、Railtonはこれを指令性(prescriptivity)についての問いだと考えていた。

Railtonの問題設定:道徳的性質が自然的性質だった場合、道徳的性質に関する判断は自然的性質についての判断だということになる。そうなると、自然的性質についての判断である道徳判断がいかにして指令的な力(commending force)を持つのか(p. 154)。

→Railtonの応答:トイ理論として快楽主義を想定し、快楽主義を想定した自然主義者がどのような仕方で指令性を説明できるのか、議論していく。

Railtonの戦略:福利に関する判断が個人の営みを統制(regulate)するように、道徳に関する判断もそのような規範的な役割を担う(normative role)。

Railtonが言うところのある性質が担う規範性:あるボートが頑丈であったり、腐食に強いなどの性質を持っていることは、かなり明らかな仕方で、航海に出ようとしている人たちの行動を統制することになる。ボートがそのような性質を持っていることは、航海に出ようとしている人たちに対して内在的な推奨力(intrinsic commending force)を持つ(p. 165)しかし、状況によっては、このような推奨力を持たないことも考えられる。あるボートが航海にでることができる(seaworthy)だと判断することと、そのボートを使って航海に出ようとすることの間に必然的な関係はない(p. 165)。

Railtonは、道徳判断と規範性の関係は、十分に強固なものでさえあればよいと考えている(p. 168)。Railtonがここで問題にしているのは、道徳判断とそれに伴うとされる動機(p. 168)。

→Railtonはここで問題になっている規範性を、心理学的に説明しようとしている。つまり、もしある人が快楽を味わうとして、その快楽を増幅させようと思わないことは、心理的に不可能である、だから、両者には深い関係がある、と主張する(p. 168)。

さらに、Railtonは航海のケースと福利のケースを比べ、後者の方が心理的に不可能という意味で、強い指令性であると言う(p. 168)。